2009年06月17日

読書日記(011)2009年6月17日

『さびしい文学者の時代  「妄想病」対「躁鬱病」対談』
 埴谷雄高、北杜夫、中公文庫、2009年







深夜、布団のなかで本を読みながら、久々に声を上げて笑って
しまった。それも、何度も。文学者というのものは、実業家な
どとちがって、ある種、きわめて幼稚なところがあるが、この
対談は、幼稚など通り越して、老稚ともいうべき迫力、鬼気迫
るユーモアがあり、大いに感動した。

私が高校生のとき読んだ埴谷雄高の印象は、ペシミスティック
でありながら、広大な宇宙の静謐さを感じさせてくれる作家だ
った。そんな作家が老境に達し、志ん生を思わせる話術の巧み
さを披露し、とめどなくしゃべりつづける姿は、この世のもの
とは思えず、圧巻としかいいようがない。

鬱病のせいで原稿が進まない北杜夫が、埴谷の遅筆を指摘しな
がら、

北 (中略)二月三月と、まだ七枚しか書いていないんです。
これは、埴谷さんよりも怠け者じゃないですか。
埴谷 いや、ぼくよりも君のほうが勤勉ですよ。七枚、書いた
から。ぼくは、このあいだ「群像」の担当者にやっと一週間ば
かり前に渡したんですよ。
北 何枚ぐらい・・・。
埴谷 七章の冒頭の頭だけ渡した。一枚なんです。

思わず、担当編集者の身になって、空を、いや、暗い深夜の天
井を見あげてしまう。

あるいは、北杜夫がラーメン好きなことに触れて、

北 ぼく、そこらのレストランに行くより、ラーメンのほうが
好きですね。
埴谷 ああ、そう。まあ、即席ラーメンが一番つくりやすいん
だな。
北 ええ、即席ラーメンもいろいろあって、生ラーメンという
のがあるんです。これにちょっと、具を入れて。やっぱり焼き
豚とシナ竹を入れて。
埴谷 焼き豚、シナ竹まであるんですか。それはりっぱだ。
北 いや、入ってはいないけど、自家製で。
埴谷 あ、買ってきて。
北 はい。ネギも入れて。これは、相当高級な料理ですね。
埴谷 そうでしょうね。焼き豚とシナ竹とネギが入っちゃ(笑)。
それは自分でやるんですか。
北 いや、昔、夜中に自分でつくって食べてたんです。鬱病の
とき、夜中になると腹減ってくるから。
埴谷 そら、起きてりゃ腹減りますよ(笑)。鬱病で腹減るん
じゃないですよ、あなた。

おいおい、いったいなんの対談なんだ。と突っ込みを入れつつ、
ラーメンかあ、俺も腹減ってきたなあ、などと考えている自分
がとんまである。

などと紹介してきたが、もちろん本書は、そんな世間話だけで
はなく、メインは、真摯な文学談義である。想像あるいは創造
へのさまざまなヒントが至る所にちりばめられていて、実に興
味深い。たとえば、

埴谷 (中略)とにかくこの宇宙のなかの生物についての認識
を一歩でも深めるということしかないでしょうね。人間が現在
の人間になった過誤をどうただすかということをまず生物史的
に見直して、それから自然と人間というふうに視野を移してゆ
かねばならない。ところが、ぼく達人間は人間だけしか見てい
ないんですよ。人間の歴史は人間殺しの歴史で、どこの帝王が
他のどこの王様をやっつけたとか述べているばかりで、その帝
王もそれに従って死んでいった兵士も、毎日どんな生きものを
殺して食べていたかには触れていない。他の生物の完全な蔑視
ですね。(中略)ぼくは、生物殺し、植物殺しの人類を弾劾し
てやろうと思っていますから、勿論、この人間殺しの人間をも、
生涯弾劾しつづけるつもりだが、それにしても、『死霊』の七
章がまだ一枚とは、自分ながら情けないですね。

埴谷が、餓死教団とも言われるジャイナ教に心酔していた理由
の一端がうかがわれる。

北杜夫は、鬱病期間のせいか発言は控えめで、ほとんど埴谷雄
高が自動発話マシンのような勢いでしゃべりつづけているのだ
が、埴谷文学の意図が、わかりやすく語られているように思う。
老人というものの力を見直したしだい。

この夏あたり、八ヶ岳の山小屋にでも1週間ほど逗留し、じっ
くりと『死霊』を読み直してみたくなった。

本書の対談が行われたのは1982年3月ということで、すでに27
年の歳月が流れているのだが、まるで昨日おこなわれた対談の
ように思えるのは、私もまた年老いたということなのだろうか。

余談だが、本書を読むときには、まずこの座談会を企画した、
当時「海」の編集長だった宮田毬栄氏の「解説」を読み、埴谷
雄高と北杜夫の「あとがき」に目を通してから本文を読むこと
をお勧めしたい。
posted by サンシロウ at 03:51| Comment(1) | TrackBack(0) | ★読書日記
この記事へのコメント
あいよ。
あ。昔、読んだか。忘れているが。
Posted by ワタナベ at 2009年06月17日 11:35
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