
(ニコンD90、ニッコール16-85ミリ)

(ニコンD90、プラナー50ミリ)
立冬の次候だが、地は凍らず、暖かい一日。
きれいに焼けた南西の空に、絵に描いたような宵の明星が
ぽつんと浮かんでいる。
暖かく、静かなので、持参した折りたたみの小さな椅子を取り出し、
波打ち際にすわって、暮れゆく空をぼんやり眺める。
ふと、ずいぶん昔、オートバイの旅で野営したときの記憶がよみがえる。いま、
仕事で、『ダークスター・サファリ』(仮題)という本の校正刷りを読んでい
るせいかもしれない。
ポール・セローという作家の旅日記だ。エジプトのカイロから、南アフリカの
ケープタウンへ至る旅の日々を記している。エチオピアでは、かつてアルチュ
ール・ランボーが暮らしていた家を訪ねて、ハラールという町へ足を伸ばす。
「完全に現代風でなくてはならない」と書いた十九歳の詩人(ランボー)は
このとき三十歳近くになっていて、若白髪もあり、ラクダの隊列で海岸まで
運ぶ象牙やコーヒーの袋の重量を、突き刺すようなペン使いで台帳に書きこ
んでいた。意外なほどの熱意が、肌の色と同じくらい彼を際立たせた︱アラ
ビア語の能力も、コーランの知識も、写真家としての腕前もずば抜けていた。
危険なダナキル地方を歩き、誰もいないオガデン砂漠を探検して、蜘蛛の巣
のように伸びる経路とわずかなオアシスについて報告した。ある過酷な旅の
あとには、「どんなことにも慣れた。もう何も怖くない」と記している。
旅のひりひりした孤独感を懐かしくおもう。いや、ランボーは、ハラールで十
年近く、「暮らしていた」から、旅というには当たらないかもしれない。商人
として、コーヒーや果物、ときにはライフルなどを仕入れて売りさばいていた
という。
詩と家族や友人と西欧を捨てたランボーは、アフリカの大地で何を見ていたの
か。そして、砂漠は、なぜ、かくも人を寄せつけるのか。
だがここはハラールだ。ハンセン病患者や、ハイエナ、象牙の密輸、ゴミ
溜め、酷使されるロバ、丸石敷きの路地にある剥き出しの汚水溝、香辛料の
強烈な匂い、血まみれで大包丁を振るって、ラクダの毛むくじゃらのこぶを
ぶった切り、なめらかなチーズ状の脂肪を取り出し、ねじけた笑みを浮かべ
てそれを贈り物として差し出す肉屋、人々の祈りの声、薄暗い小屋へ客を誘
いこむ暗い目をした女、ガイジン!≠ニいう叫び。それらすべてが、ラン
ボーがこの地で安らぎを覚えたわけを物語っていた。彼がアフリカを愛した
のは、この地がときに痛烈に、ときに漠然と、ヨーロッパや欧米との隔たり
を感じさせるからだった。私も同じ理由でここが気に入った。故郷を思い出
させるものは、ここにはひとつもない。アフリカを旅するのは、暗黒星(ダ
ークスター・サファリ)を旅するに等しかった。
飢餓、虐殺、政治的混沌、人種差別、民族紛争がうずまくアフリカ。だが、セ
ローはそんなアフリカをひとりで旅をつづけながら、西洋近代とはちがった
「あり方」に、一筋の希望さえ見出す。それは、何か・・・。
『ダークスター・サファリ』(仮題)は、北田絵里子さん、下村純子さんの翻
訳で、来年の1月に、英治出版から刊行される。ぜひ、読んでいただきたい一
冊だ。
立冬/次候(56候:11月13〜17日)
地、初めて凍る
日の出 6:14(前日 6:13)
日の入 16:37(前日 16:38)
地、初めて凍る
日の出 6:14(前日 6:13)
日の入 16:37(前日 16:38)







