2017年07月14日

雲を眺めに宮古島 2017-07-09

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(写真をクリックすると拡大します/SIGMA DP0 Quattro)

7月9日。
東平安名崎の灯台へ至る道。
2003年に初めて宮古島へ行ったとき、静かな感動を覚えたのが、この道だった。
看板のたぐいは一切なく、ただただ、白い舗装路がつづく。
だから、まったくの自然ではない。

自然のなかに、謙虚に、少しだけ、文明を敷いたものだ。
その案配に感動したのだろう。
大げさにいえば、この道を、理由もなく行ったり来たりするために、
何度も宮古島を訪れるようになる。

この道が、ずっとこのままでありつづけるのを願うばかりだ。

晩夏/小暑/初候(31候:7月7〜11日)
夏枯草、枯るる。
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2017年07月13日

雲を眺めに宮古島 2017-07-09

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(写真をクリックすると拡大します/SIGMA DP0 Quattro)

7月9日。
保良漁港。
人は、なぜ美を感じることができるのか。
たとえば。
ゆらゆらとたゆたう波間に溶け込んだ無数の陽の光を見たときとか。

時間が止まって、永遠が見えたと錯覚したような時とか。

エリグロアジサシが、純白の羽ばたきで、一直線に海の上を飛ぶ時とか。

説明しようとするとわからなくなるが、

説明しなければ、よくわかっているような気がする。

晩夏/小暑/初候(31候:7月7〜11日)
夏枯草、枯るる。
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雲を眺めに宮古島 2017-07-09

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(写真をクリックすると拡大します/SIGMA DP0 Quattro)

7月9日。
聖地・東平安名崎へ。
保良漁港わきの砂浜に寄る。
哲学者、音楽家、詩人と、僕が勝手に名づけた岩が三つある。
いつ来ても、彼らは威厳に満ちている。
岩だから当然ということもあるが、ひとつの場所にいつづけるいさぎよさがある。
彼らは媚びを売らず、ただひたすら創造をおこなう。
だからこそ、ここは聖地なのだ。

晩夏/小暑/初候(31候:7月7〜11日)
夏枯草、枯るる。


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2017年07月12日

雲を眺めに宮古島 2017-07-07

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(写真をクリックすると拡大します/SIGMA DP0 Quattro)

宮古島の来間島へ。
小暑の初日。
皮膚がめくれあがるような熱気のなかで、時間が止まり、夏だけが広がる。
からだの力を抜いて、水の一部となり、水面に浮かぶ。
水底の白い砂に、光が織りなす波動を、ただ見ている。

晩夏/小暑/初候(31候:7月7〜11日)
夏枯草、枯るる。

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2017年07月11日

雲を眺めに宮古島 2017年7月6日

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(写真をクリックすると拡大します/SIGMA DP0 Quattro)

7月6日。
宮古島の上空に近づくと、雲の旅団がすこし増えてきた。
雲はつねに形を変えてゆくが、そのどれもが美しい。
なぜ、だろう。

仲夏/夏至/末候(30候:7月2〜6日)
半夏、生ず。
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2016年07月30日

『孤島の発見 パート2』へ再始動(最終回)

宮古島出張●2016年7月11日(月)入江にて

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(入江にて:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

宮古滞在、最終日。帰りの飛行機は午後遅くなので、午前中に宿をあとにして、イムギャーへ向かう。帰る前に、もう一度、蒼い海を見ておこうと思ったからだ。途中で、197号線へ折れる。入江集落だ。前回、その並木道の感じがあまりに良かったので、写真を撮った覚えがある。途中で、路肩の大木を見つけて、車を停める。木陰に吸い寄せられた格好だ。やれやれ。イムギャーをあきらめ、入江を散策することにした。

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(入江にて:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

炎天下、突きぬけるような青空に、真っ白な入道雲がわきあがる。まるで、宮崎駿のアニメみたいだ、などと思いつつ、まだ小さいサトウキビが風に揺れるのを、ぼんやり眺めている。

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(入江にて:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

取り立てて何もない道を歩いていたら、石碑を見つけた。そこには、クバカ城跡と記してあった。城主、久場嘉按司は、強力無双の人であったと、1727年の「雍正旧記」に記されているという。いやはや、宮古に30回以上も通っているのに、城跡があったとは。初めて知った。城跡は、木立に囲まれていて、テニスコートくらいの広さだろうか。大きなハトが、芝生の上で、ぽつんと立っていた。熱くないのだろうか。心配になる。というより、自分の心配をしたほうがよさそうだ。入り口付近にあった、小さなあずまやで一休みする。もしハトが歩かなかったら、もし雲が流れていかなかったら、時が止まっていると、確実に思ったことだろう。

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(入江にて:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

いつも思うのだが、6泊7日ごとき、矢のように過ぎてゆく。最終日になると、昨日、宮古に来たばかりなのに、という錯覚におちいる。人生と似ている。後ろ髪引かれる思いで、お気に入りの道を、ゆっくりと心に刻みながら車を走らせる。
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2016年07月29日

『孤島の発見 パート2』へ再始動(その8)

宮古島出張●2016年7月10日(日)東平安名崎へ

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(比嘉ロードパーク界隈:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

島尻から、東海岸への道へ折れ、のんびり車を走らせる。雨は止み、青空が広がり出した。お決まりの比嘉ロードバーク、断崖3兄弟を眺めながら、東平安名崎へ。

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(保良漁港:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

灯台へは行かず、保良漁港浜へ下りてゆく。浜へでると、エリグロアジサシが、飛びかっていた。巨岩の上に巣があるのだろう。気づくと、数羽、僕めがけて猛スピードで飛んでくる。威嚇攻撃のようだ。ターンして、何度も、攻撃してくる。たぶん、卵がかえる時期なのかもしれない。あまり刺激しないよう、波打ち際から離れる。それにしても、アジサシの白い体躯は、東平安名崎によく似合う。

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(来間島:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

保良漁港の浜で、ぼんやりしてから、帰路につく。空は、帯状の雲におおわれていたが、しだいに、その隙間から夕方の太陽が見えるようになってきた。空が赤く染まりはじめてきたので、慌てて、来間島へ向かう。サトウキビ畑の農道に車を停め、すこしピークを越えてしまった夕焼けを撮影する。できれば、毎日、夕陽を撮りにきたいものだと思いながら、夜の来間大橋をゆっくりと走る。
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2016年07月28日

『孤島の発見 パート2』へ再始動(その7)

宮古島出張●2016年7月10日(日)島尻の農道とサトウキビ畑

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(島尻にて:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

島尻のマングローブ林から、国立療養所・南靜園へ向かう農道は、お気に入りの道だ。僕がいつも宿泊するゲストハウス「ひららや」で、宿の手伝いをしていた画家のアマネさんから、数年前に教えてもらった道である。ちょっと北海道の道を連想させる直線の農道だ。

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(島尻にて:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

この日は、風が強く、サトウキビの葉が風におどる姿を見ていると、飽きない。人の姿をめったに見ないし、農作業の車も、たまに通り過ぎるくらいだ。風の音だけが聞こえる。

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(島尻にて:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

すでに刈り取られた畑は、赤土がむき出しになっているが、これも、宮古島でよく見かける風景だ。とくに面白いわけでも、珍しいわけでもない。なのに、なんだか、目がはなせない。
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2016年07月25日

『孤島の発見 パート2』へ再始動(その6)

●2016年7月10日(日)西平安名崎から狩俣へ

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(西平安名崎にて:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

昨日は、雨に降られどおしだったので、もう一度、北へ向かう。
風が強かったので、西平安名崎へ向かう。
風力発電の羽が、のんびりと回転している。
これまでは、あまり気にとめなかったが、アダンの木に目が行った。
風がどの方角から吹くことが多いか、わかるような気がした。

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(狩俣集落:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

狩俣の介護ホームの近くの広場に、太い木が何本か立っていたので、
撮影しようと思ったが、歩いていたら、花壇を見つけた。
近所の人が、丁寧に手をかけて育てた庭なのだろう。
花を見ながら、しばらくぼんやりしていた。
だが、空が急に暗くなり、あっという間に土砂降りになり、大木の写真はあきらめて、車に戻る。
雨がやみそうもないので、車をスタートさせる。

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(狩俣から大神島をのぞむ:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

狩俣の空き地(といっても私有地だが)に入り、ふたたび、雨模様の大神島を写す。
撮影していたら、軽トラックがやってきて、下りてきた男性が、草刈りを始めた。
写真を撮りおわり、勝手に私有地に入ったことを詫びに、男性に声をかけた。
「ここからの大神島の眺めは、いいでしょう。それと、遠見番所跡へ行くといいよ。
ここらあたりは、聖地の趣が強く、遠見番所からは、伊良部も見えるよ」と教えてくれた。
これまで、郷土史に深入りしないようにしてきたことに、少し反省した。
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『孤島の発見 パート2』へ再始動(その5)

●2016年7月9日(土)池間から島尻へ

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(池間から大神島をのぞむ:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

台風は宮古島から、ずいぶん逸れたが、この日は、大気が不安定だった。池間大橋の手前の展望所から大神島の写真を撮ろうとしたら、横殴りのスコールに遭い、しばし車のなかで待機した。黒い雲が垂れ込めた大神島は、晴れの日にはない、迫力を感じる。

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(島尻のマングロープ林:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

かつて、だれかに、島尻のマングローブには、雨の日がよく似合う、と言ったことを思い出し、島尻へと向かう。雨は小降りになったり、大降りになったりを繰り返している。

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(島尻のマングロープ林:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

しばらくは、観光客のレンタカーが駐車場に停まり、何組か、観光客が写真を撮っていたが、雨のなか、やがて人の気配はなくなった。

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(島尻のマングロープ林:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

遊歩道のところどころには、木の橋があるが、黒い小さなカニがたくさんいて、歩いていくと、すばやく木と木のあいだに隠れてしまう。マングローブの林には、生き物がそこかしこにいるような気配を感じる。
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2016年07月22日

『孤島の発見 パート2』へ再始動(その4)

●2016年7月8日(金)伊良部島へ

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(牧山展望台から宮古本島をのぞむ:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)


牧山展望台から、宮古本島をぼんやりと眺める。孤島のそばにある、さらに小さな孤島。何か考えようと思うのだが、見るだけで満足している。それに、たいした考えも浮かばない。ただただ、純白の雲が流れるのを眺めている。それで十分なのだ。

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(牧山展望台:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)


毎度のことだが、何の変哲もない風景に目を奪われる。とりわけ、道、に対して過剰に反応する自分がいる。いまはオートバイに乗らないが、かつてオートバイに乗っていたときは、ひっきりなしに枝道に折れてゆく。生涯、二度と走ることがないと思われる道を、走る。ゆっくりと、路地を走る。道があれば、そこには家があり、人生がある。まったく関わりあうことがないような暮らしを眺めながら、旅をつづける。旅がすごいのは、そういう風景を無限に差し出してくれることではないか、などと思ったりもする。この伊良部島の、なんの変哲もない農道を見たときも、瞬時にウィンカーを出し、路肩に停まり、写真を撮りはじめる。夏の雲と、道と、風にそよぐサトウキビ。それだけしかないのだが、では、実際に、他に何か、必要なものがあるのだろうか。

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(牧山展望台:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)


佐和田の浜。まったく人影がない。ときおり、観光客のレンタカーが走り抜けるが、停止することはない。僕はといえば、ウィンカーに手がのびる。ひとけがないのに、風景が騒々しい。夏の雲、岩、砂浜、水鳥、光、風、草の匂い・・・。またぞろ、路肩に車を停め、コンクリートの堤防によじのぼり、なんとか三脚を立て、シャッターを押す。別のカメラを三脚に置こうとしたら、手が滑った。歳をとると、手がおぼつかなくなる。小さなカメラは、コンクリートの堤防の端にぶつかり、さらに、歩道に激突した。情けない。レンズにつけていたフードが裂けている。だが、旅の途上では、トラブルこそ、記憶に残る。それも、あとから見れば、ある種、たのしい事故といえる。もちろん、生きて戻ってくるから、そんなふうに言えるのだが。それにししても、東平安名崎といい、この佐和田の浜といい、いったい、だれが、どうやって、こんな巨岩をばらまいたのだろうか。それが、気になって仕方ない。


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2016年07月20日

『孤島の発見 パート2』へ再始動(その3)

●2016年7月8日(金)伊良部島へ

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(伊良部大橋:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)


よく晴れわたっていたので、伊良部へ向かった。
うだるような暑さだが、それこそ、宮古の本領というものだろう。
あっぱれな空の青さと、純白の、伸び上がるように、立っている夏雲。
うっとりとして、しばらく眺めてしまう。
雲を敬愛するのもおかしな話だが、自然とそんな気分になるので、致し方ない。

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(牧山展望台へ至る道:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)


久しぶりに、牧山展望台へ向かう。かつては、展望台のすぐ下まで車が入れたが、
進入禁止の柵があって、手前の駐車場に車を停めて、のんびり歩きはじめる。
たしか、途中に御嶽があったような気がする。そう思いながら歩いていると、
遊歩道が何本か、交差している。前は、気づかなかった。
やはり、じっくり歩かないと、いろいろなものに気づかないな、と教えられる。
樹々のトンネルは日の光をさえぎり心地よいが、涼しいわけではない。
それにしても、静かで、森の精気が濃い。
人のものではない、なにか力強い精気というか、気配が漂っている。

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(牧山展望台:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)


遊歩道を行ったり来たりしていたので、ずいぶん時間がかかって、展望台に着く。
階段を上りきると、修道院でよく見かけるアーチが出迎えてくれる。
そのアーチの向こうに、宮古本島が、額縁の絵のように収まっている。
なんとも、気が利いている。
この緑と蒼の光の世界を眺めていると、幻想のなかに入りこんでしまったような気分にいつもなってしまう。
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2016年07月19日

『孤島の発見 パート2』へ再始動(その1)

● 2016年7月5日(火)
2012年に、<『孤島の発見 パート2』を思う>という記事を書いてから、すでに4年が経ってしまった。生まれつき怠惰、という性癖はともかくとして、この空白な4年について考えると、ため息が出てくる。まあ、そういう準備が出来ていないのだ、と言い訳もできるが。

さすがに在庫もあと数十冊となり、増刷するか、パート2にするか、考えあぐねている。「パート2を出せば?」という声も多く、僕自身、そんなふうに考え始めている。だが、状況はずいぶん変わってしまった。僕のなかで、未知の孤島は既知のリゾート島に姿を変えてしまっていた。僕は、何を探せばいいのだろう。

しかし、飛行機の窓から、ぼんやりと空を眺めていたら、かつての想いがよみがえってきた。南の雲たちは、力強く、清々しく、屈託がない。そんな空を長いこと眺めていたら、雲たちに元気づけられたような気がした。

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(那覇〜宮古間:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP2 Merrill)

飛行機が宮古空港にむかって降下態勢をとりはじめたとき、島影が見え、驚きが広がった。飛行機が東南から侵入したのである。『孤島の発見』の冒頭におさめたと同じコースだった。もう一度、新たな眼差しで島をみなさい、と東平安名崎に、さとされているような気がした。東平安名崎は、僕にとって、聖地ともいうべき場所だ。

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(東平安名崎をのぞむ:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

さらに、飛行機は西へ向かい、来間島、与那覇湾のまばゆい風景を差し出してくる。そこには、かつてのような新鮮な驚きはかげをひそめたが、ぬくもりのある郷愁のような、一抹の安堵感を覚えた。故郷とはいえないまでも、かすかな帰郷感を覚えた。

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(来間島をのぞむ:写真をクリックすると拡大します/シグマ、DP0 Quattro)

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2012年07月11日

『孤島の発見 パート2』を想う(その4)2012年7月1日(日)

2012年7月1〜9日まで、社員旅行および撮影取材で、宮古島を訪ねた。2年ぶりのことだ。その間、いろいろな変化があったようだが、島の友人、知人たちは、まるで私が数日ぶりに訪れたかのように、むかしのままの笑顔で迎えてくれた。うれしい。島は、時の流れがとまっているのかもしれない。とりあえず、数枚、写真をご紹介しよう。


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(2012年7月1日撮影/九州〜沖縄間上空)

羽田で飛行機に乗り込んだとき、左翼の四分音符を見て、思わず笑ってしまった。なんで音符なんだと。航行中、気圧の乱れで翼が上下に動いたとき、音符が動いているように見えた。なぜか、バッハのチェンバロ曲「パルティータ」の序曲の旋律を思いうかべてしまった。


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(2012年7月1日撮影/九州〜沖縄間上空)

窓のそとに島影が見えると、思わず、ほっとする。何年も宇宙船で航行をつづけていたら、と想像してみた。気が狂うか、哲学者になるか、どちらかだろう。あの島には、どんな人たちが住んでいるのだろう。そんなことも想像してしまう。小さな島には、小さな、愛おしい暮らしがつづいているにちがいない。ささやかだけれど、大切なことを守り、背伸びしない、豊かな暮らしだ。原発や都市開発や大規模商業施設もないだろう。ということは、そんなものは必要ないということにも思える。それにしても、海岸線があまりに美しい。ため息しかでてこない。伊平屋島だろうか。


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(2012年7月2日撮影/クマザビーチ)

宮古島にはたぶん30回ほど訪れていると思うが、クマザビーチは、今回はじめて訪れた。ほとんど人がおらず貸切状態。もっとも宮古では、たいていそんな感じだが。こんなに美しい海岸に人がいないと、無人島にきたような錯覚におちいる。


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(2012年7月2日撮影/比嘉ロードパークより大神島をのぞむ)

中央にみえる小さな島が大神島。この島は、いつもひっそりと、ぼくらに孤高ということの意味を思い出させてくれる。


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(2012年7月3日撮影/来間島-長間浜)

ひさしぶりに、きりりと晴れわたった長間浜を見た気がする。あいかわらず、巨大な雲が警戒心もいだかず、手の届きそうな低いところを通りすぎてゆく。


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(2012年7月3日撮影/東平安名崎)

東平安名崎は、私がかってに聖地と決めている場所だ。この日は、満月で、島のひとが「スーパー・ムーン」と呼んでいたのが印象的だった。超満月、だろうか。いずれによせ、東平安名崎には月がよく似合う。


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(2012年7月4日撮影/池間大橋から大神島をのぞむ)

あわい、やわらかい桃色にそまった夕暮れの空。こんな色合いの大神島を見たのは初めて。雲があまりに島に近寄りすぎていて、注意したくなる。


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(2012年7月5日撮影/入江ちかく)

サトウキビがスポーツ刈りみたい。


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(2012年7月5日撮影/上野村ちかく)

ウミウシ5連発。


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(2012年7月6日撮影/池間島-東海岸)

ことばにならず。すべてが輝き、静止している。これいじょうの幸福は考えられない。それを至福というか。


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(2012年7月8日撮影/与那覇-前浜)

細くたなびいた雲が金色にかがやいていた。あいかわらずことばにならず。


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(2012年7月9日撮影/砂山ビーチ)

頭の真上から、太陽がバケツで光を投げつけてくるようだ。純白の砂と緑あざやかなアダンとモンパノキ、そして黒い日陰。もはや何も考えられない。ただ夏のなかに立ち尽くすだけだ。

(以上、すべてシグマSD15、17-50ミリで撮影)
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2012年06月27日

『孤島の発見 パート2』を想う(その3)2012年6月26日(火)

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(2009年10月5日/那覇〜宮古間の飛行機から撮影/D90、ニッコール16-85ミリ)


宮古島は、標高が最も高いところで、120メートルほどだ。
山らしい山はほとんどない。

初めて宮古島に行ったとき、宮古空港に着陸まぎわの飛行機が
宮古の南側、東平安名崎上空から大きく右旋回して、来間島の
すぐ上をかすめるようにして高度をおとしてゆく。
そのとき、宮古島は、まるで大海に浮かんだ戸板のように見えた。

さえぎるものがないから、雲が縦横無尽に通りすぎてゆく。
巨大な雲が、東シナ海から西へむかって、臆することなく通り抜ける。
だから、台風がきたとき、そのエネルギーは想像を絶するものだ。

雲好きにとっては、そこにいるだけで至福を味わえる島なのだ。
いや、それはまちがっているかもしれない。
小さな島であれば、どこもそうにちがいない。
つまり、雲や風に開かれている場所なのだ。

2007年に『孤島の発見』を出版するまで、
私は、そのことに気づかずにいた。

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(2009年10月6日/台風が近づく東平安名崎にて撮影/D90、ニッコール16-85ミリ)


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『孤島の発見 パート2』を想う(その2) 2012年6月25日(月)

2007年に出版した『孤島の発見』は、宮古島の風景に出会った自分のこころ模様を
記録しておきたいという想いからスナップ写真を撮りはじめた。
初めて宮古を訪れたのは2003年、50歳に手が届こうとしていたが、
宮古島は私に静かだが強烈な印象を与えた。それは、郷愁だ。

郷愁とは、自分の記憶の奥深くに染みこんだ、無垢な世界の思い出だとおもっていた。
だが、50歳ちかくまで一度も足を踏み入れたことのない土地になぜ郷愁を感じるのか、
それが不思議であり、謎だった。

でも、それはとても大切なもののように感じた。
その理由を突きとめたいと思った。
でなければ、リゾートとか観光に興味のない私が、その後、たびたび宮古島を
再訪するはずがない。

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(2010年7月2日/パイナガマビーチにて撮影/D90、ニッコール16-85ミリ)

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『孤島の発見 パート2』を想う(その1) 2012年6月24日(日)

2007年に出版した『孤島の発見』も、おかげさまで、残りわずかとなりました。
もちろん、たいした部数を印刷したわけではありませんが、少しずつ、
みなさまに眺めていただき、うれしいかぎりです。

ここで、増刷すべきか、あるいは、パート2を出すべきか、思案しています。
2007年に出版してから、10回以上、宮古へは行っていますが、
写真集を出してから、ほんのちょっと、緊張感がゆるんだのは確かです。

とはいえ、あいかわらず、宮古へ行けば、へたくそな写真はとりつづけており、
毎回、ちがう宮古と出会っていることは、うれしいかぎりです。

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(2009年10月6日/東平安名崎にて撮影/D90、ニッコール16-85ミリ)

この夏、久しぶりに宮古へ行こうと思っています。
自分の写真集をもって、過去の宮古と再会しつつ、
この島の存在感の消息をたどってみようと思っています。
宮古から、また、レポートをご紹介したいと思っています。
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2010年07月18日

雲を眺めに宮古島★2010年7月8日(木)

宮古の夕暮れ、雲を3つ。


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7月8日、午後7時19分、撮影。
与那覇、前浜。

お気に入りの渚。
いつも、やわらかい感じを受ける。
波打ち際のかたちに惹かれる。


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7月8日、午後7時22分、撮影。
同じく、与那覇、前浜。
左下の島は、来間島。


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7月8日、午後7時51分、撮影。
来間島、長間浜にて。

長間浜は好きな場所のひとつだが、いつもある種の寂しさを感じる。
なぜだろう。

大海へ向かうストイックさに対して、そう感じるのか。
東平安名崎とはまたちがった印象を受けるのがおもしろい。
風景にも、相性のようなものがあるのだろう。
posted by サンシロウ at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | ★雲を眺めに宮古島

2010年07月14日

雲を眺めに宮古島★2010年7月5日(月)〜

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7月5日、撮影。平良港〜伊良部へのフェリー。

海を渡るというのは、いつも独特の雰囲気がある。
少しせつなく、少し晴れやか。


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7月5日、撮影。伊良部島、渡口の浜。

渡口の浜は、いつもと同じように碧い。
なにもないことがどれほど満ちたりているか、教えてくれる。
木陰がほとんどなく、首筋に光がのしかかってくる。


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7月6日、撮影。雨の東平安名崎、保良漁港。

夕立が通りすぎる。
車のフロントガラスに立ち止まった雨粒。
雨音が涼やかだ。
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雲を眺めに宮古島★2010年7月2日(金)〜

宮古滞在中にアップできなかったので、遅まきながら
宮古のスナップを記録しておこう。


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(7月2日撮影 羽田〜宮古間)

下界の上は、いつも屈託がない。


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(7月2日撮影 パイナガマビーチ)

夕立のあと、あまりの美しさに立ちすくむ。


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(7月3日撮影 西平安名崎)

ぐりぐりと頭を締めつけられるような暑さが降ってくる。
もちろん、不快ではなく、突きぬけた爽快感。

このあと、携帯電話を蒼い海に献上したようで、宮古滞在中は、
携帯ショップで代替機を借りることに。

かなり、落ち込む。
なにひとつ、番号を覚えていない。
人と連絡をとることができない。


宮古を出る前に代替機を返却したので、あと数日は、携帯電話がない。

だが。
携帯がないと、ほんの少し、暮らしが静かになる。
もともと、携帯メールをしていないし、電話もそれほどかかってはこない。
しかし、携帯が手元にないと、暮らしに品が出てくる。
固定電話とはよく言ったものだ。

固定した場所でしか、電話がとれない。
のべつまくなし、人と接触しなくていい、ということだろうか。

一瞬、このまま携帯をやめようかとも思ったが、ひとつため息をついて、
新しいものを送ってもらうことにした。

宮古は、いつも私にあれこれ考えさせてくれる。
posted by サンシロウ at 01:20| Comment(1) | TrackBack(0) | ★雲を眺めに宮古島