2020年09月19日

雲を眺めに逗子海岸 No.1481/2020.9.19(土)

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(写真をクリックすると拡大します/SIGMA DP0 Quattro、SIGMA DP2 Merrill)

秋である。
浜辺は、涼やかな風が吹き抜け、心地よい。
暗くなると、糸のような三日月が顔を出した。
ほんの少しでも力をこめると砕けるガラス細工のようだ。

知らないうちに秋の四連休などというものが誕生していた。
海岸には、大勢の人が。
暑さ寒さも彼岸まで、とはよく言ったものだが、
とうとう昼が夜に覇権を引き渡す時節になった。

白露/末候(45候:9月17〜21日)
玄鳥(つばめ)去る。
日の出  5:27(前日  5:26)
日の入 17:43(前日 17:44)

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2020年09月13日

雲を眺めに逗子海岸 No.1480/2020.9.13(日)

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(写真をクリックすると拡大します/SIGMA DP0 Quattro、SIGMA DP2 Merrill)

カメラの調子が悪いのか、それとも空の色がいつもと違うのか、
撮影データを現像すると、不思議な色合いだ。
いつもの発色が水彩画だとすると、今日は油絵のよう。
こってりとした色合い、というべきか。

すでに白露の次候に入った。
しのぎやすい陽気になった。
浜辺は暑くもなく寒くもなく、ここちよい風が吹き抜ける。

白露/次候(44候:9月12〜16日)
鶺鴒(せきれい)、鳴く。
日の出  5:22(前日  5:22)
日の入 17:52(前日 17:53)

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『孤島の発見』電子書籍化日誌(7)2020年9月13日

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★編集日記 2020年9月13日『孤島の発見』電子化日誌(7)★

宮古で台風に遭うことは何度かあった。どれも、すばらしい体験だった。台風がやってくるのは数日後だったが、海がうねり始めるときなど、一日中、海岸巡りをしたものだ。

2006年7月11日も、近づいてくる台風の影響で、波が高くなっていた。イムギャーからシギラベイにかけて写真をとっていたが、大波の表情を間近で見たくて、海に突き出た岩場を、前へ前へと進んでいき、シャッターを押しつづけていたが、ファインダーのなかで、海面が盛り上がってゆっくりと自分のほうへ向かってくるのに気づき、ファインダーから目を離すと、目の前に波が来ていて、あわてて、ぴょんぴょんと岩の上を走りながら逃げ戻った記憶がある。

それほど緊迫した状況ではなかったが、万が一、波にさらわれていたら、周囲には人影もなかったので、まずい状況になったかもしれない。まあ、自然相手に写真を撮る人には、多かれ少なかれ、命の危険を感じる場面も多々あるはずだ。

そんなことを思い出し、波の写真を数枚、紙版より増やそうと思った。写真には、写した人のさまざまな思いが、まとわりついているんだと、改めて思い知る。もちろん、写した本人にしかわからないことだが。それにしても、僕らは、大波という、ある種、自然が見せる恐ろしい姿に、どうしてこれほど惹かれてしまうのか、いつも気になる。

[この写真は、2006年7月11日に撮影。2007年の紙版『孤島の発見』には未収録]

2020年09月11日

雲を眺めに逗子海岸 No.1479/2020.9.11(金)

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(写真をクリックすると拡大します/SIGMA DP0 Quattro)

日没まぎわの、ほんの短い時間、雲が橙色に染まった。
まだまだ暑い日がつづく。
夜は、虫の音がきこえ、ときおり涼やかな風が通るが、
蒸し暑さが消えたわけではない。
しかし、空の奥行きが増し、盛夏のころにくらべると、
一時間以上も日が短くなった。
爽やかな秋風が吹くのは、もう少し先だろうか。

白露/初候(43候:9月7〜11日)
草露、白し。
日の出  5:21(前日  5:20)
日の入 17:54(前日 17:56)
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2020年09月08日

雲を眺めに逗子海岸 No.1478/2020.9.8(火)

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(写真をクリックすると拡大します/SIGMA DP0 Quattro)

すでに白露に入った。
海岸へ出るまえに日没の時刻を確かめたら、17時59分だったので驚いた。
すでに午後6時を割っていたのである。

台風の影響なのだろうか、レンズ雲状の鋭利な雲が出ていた。
この雲をみると、いつもサヨリ、ダツあるいはヤガラが脳裏にうかび、
唐突に、塩焼きのサンマが思い浮かぶ。
秋のなせるわざか。

平日なのに、海岸は人が多い。
暑くもなく、涼しくもなく、しかし爽やかな風が吹き抜ける。
この風が心地よく、浜辺にずっと居つづけたくなる。

白露/初候(43候:9月7〜11日)
草露、白し。
日の出  5:19(前日  5:18)
日の入 17:59(前日 18:00)

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『孤島の発見』電子書籍化日誌(6)2020年9月8日

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来間島には、こうした小さな浜辺がたくさんある。もちろん、それは来間島にかぎったことではなく、宮古のいたるところにあるだろう。

この、小ささが、こぢんまりした様子が、ぼくは好きだ。人にはそれぞれ、好みの大きさがあるのではないかと思う。久米島ほど小さくはないが、沖縄本島ほど大きくはない。その大きさ、度合いが、ぼくにとっては相性がいいのだろう。

そういえば、この浜辺に腰を下ろし、ペットボトルの冷たいお茶を飲んでいたら、観光で訪れたらしい若い女性が二人、記念写真を撮りにやってきた。二人の話し声は、もちろん、ぼくの耳にも聞こえてくる。

「ねえねえ、ここにさあ、パラソル持ってきて、クーラーにビールとワイン、チーズにカルパッチョ、超天国だよね、明日、来ようか」

天国を超えた「超天国」なるものが実在するのかどうか、僕は知らないが、言いたいことはよくわかる。僕としては、この浜に小さな小屋を自力で建てて、住んでもいいと思っているくらいだ。

[この写真は、2007年7月11日に撮影。2007年の紙版『孤島の発見』には未収録]

2020年09月05日

『孤島の発見』電子書籍化日誌(5)2020年9月4日

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砂山海岸の作業を終え、来間島の作業に入る。
この写真は、来間大橋を渡るまえに、橋の橋脚を見にいったときに写したものだ。潮が引いた岩場を歩いている人を見つけて、その小ささに感動したようだ。それにしても、この人物は、いったいどこへ行こうとしていたのだろうか。

ちなみに橋脚を見にいったのは、よくそこでウミガメが休憩していると聞いたからだ。そのときは、残念ながらウミガメの姿はなかった。

[写真は、2006年7月11日に撮影。2007年の紙版『孤島の発見』には未収録]

2020年09月04日

『孤島の発見』電子書籍化日誌(4)2020年9月3日

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僕はカタカナ語が好きではない。昨今、マスコミなどでは「和の文化」などと、もてはやしながら、現実には、ほとんどアメリカ文化に侵略されているのが今の日本だ。コロナに関してだけでも、「ロックダウン」「東京アラート」「クラスター」など、カタカナ語の嵐で、この8月で100歳を迎えた我が老母には、いま日本で何が起こっているのかすら理解できない。まあ、ボケが入っているせいもあるけど。スマホを使わない人々を無視して運営していくのが今の日本だ・・・。まあ、年寄りの文句はさておき。

僕は、ムーンビーチを「三日月湾」もしくは「三日月の浜」と呼ぶことにする。この、ほとんどいつも人がいない、ひっそりと穏やかな三日月の浜にいると、理想郷、あるいは桃源郷にいるような気分になる。では、桃源郷にいるとき、人は何をするのか。

じつは、何もしないのだ。
ただ、静かに海につかり、そのあと、波打ち際に腰をおろす。遠くの水平線や、うっそうと生い茂るモクマオウの林、巨大な入道雲がゆっくり流れてゆく空を眺めながら、缶ビールを飲む。ときおり、いっしょに行った彼女や彼に向かってささやくように「最高だね」と言って、微笑む。これが理想郷の振る舞いだと思う。

僕にとって、宮古にはそんな場所がいっぱいある。それを確認し、記録するために、写真家でもないのに、写真集を出したのだと、いま、ようやく納得できたような気がする。

[写真は、2012年7月9日に撮影。2007年の紙版『孤島の発見』には未収録]

2020年09月03日

雲を眺めに逗子海岸 No.1477/2020.9.3(木)

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(写真をクリックすると拡大します/SIGMA DP0 Quattro)

台風10号が発生して北上している。
夕方、枝分かれしたような雲はほとんど動かない。
波がやや高いので、波の表情を眺めることにした。

処暑もすでに末候で、穀物が実り、収穫を迎える時期に入った。
夜は、ひやりとした風も流れるが、今日はまだまだ蒸し暑い。
三寒四温ならぬ三暑四涼の頃、というべきか。
台風と秋、という響きに、季節の肌理を感じる。

処暑/末候(42候:9月2〜56日)
禾(こくもの)、すなわち実る。
日の出  5:15(前日  5:14)
日の入 18:06(前日 18:07)

posted by サンシロウ at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ★雲を眺めに逗子海岸

2020年09月02日

『孤島の発見』電子書籍化日誌(3)2020年9月2日

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「砂山ビーチ」の近くにある、あまり人が行かない浜辺に行くことのほうが多かった。こちらは、山道を越える必要はなかったが、密林あるいは沼地を越える必要があり、それはそれで楽しかった。

この浜辺では、ほとんど人の姿を見た記憶がないほど、静かな浜辺である。きれいに湾曲した、こぢんまりした湾から、地元の人はムーンビーチと呼んでいるらしい。宮古にいくといつも宿泊していたゲストハウスのオーナーからこの浜辺を教えてもらったときも、オーナーは「ムーンビーチ」と呼んでいたはずだ。

このビーチも、どこかの会社の私有地らしく、長年にわたってリゾート建築の予定地になっていたが、実際の施工が行われないので、僕のような部外者でも、その美しい浜で、のんびり過ごすことができたわけである。

湾の奥まった場所に位置しているので、あまり荒れることがなかったような気がする。もちろん、しょっちゅう行っていたわけではないので、なんとも言えないが。それにしても、穏やかで、見晴らしもよく、背後の林も美しかったので、友人たちと、この浜でのんびり過ごすときの「貸し切り感」が強烈だった印象がある。

[写真は、2012年7月9日に撮影。2007年の紙版『孤島の発見』には未収録]